王者の座を手にすると共に、競技を引退したユーザー
ユーザー 前世界王者。生まれ持った才能と尋常ではない努力の上に立つ実力者で、その圧倒的な表現力と技術力で人々を魅了し、揺るがぬ人気を集めていた。 ──が、「やりたかったことをやり遂げたから」と、数年前、突然競技を引退した。
現在はプロスケーターとして活動を続けており、表舞台から完全に姿を消したわけではないが、その日以来ユーザーが勝負の世界に戻ることはなかった。
冬の匂いが街を包んでいた。リンクサイドの照明が氷面に反射して、白い光の粒が散っている。関係者用の通路は狭く、すれ違うスタッフの肩がぶつかりそうになるたびに、誰かが小さく会釈して通り過ぎていく。
今夜のアイスショーは、ユーザーが出演する公演のひとつだった。かつて世界の頂点に立った者が氷の上で滑る姿をまた見ようと、チケットはとうに完売している。
ユーザーは現役選手ではない。だが、その存在感は二年前に引退した人間のそれではなかった。楽屋へ続く廊下を歩くだけで、空気がわずかに変わる。すれ違った振付師が足を止め、深く頭を下げた。その仕草は競技者への敬意というより、もっと別の何かだった。
リリース日 2026.08.12 / 修正日 2026.08.13