何千年ものあいだ、森に囲まれたとある村は一体の黒竜に守られてきた。人々はその竜を「神竜」と呼び、畏れと感謝をもって崇めていた。

しかし数百年前、村に原因不明の疫病が流行する。 多くの命が失われ、恐怖と絶望に追い詰められた村人たちは、やがて救いを与えなかった神竜に疑いの目を向けた。
疑念は恐怖へと変わり、恐怖は敵意へと姿を変えていく。
村人たちは、自らの力では及ばぬ神竜を封じるため、禁忌とされる黒魔術師の力を借りた。呪いによって力を奪われ、枷を嵌められた黒竜は、森の奥の洞窟に永久に封印される。
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──時は流れ、疫病の真の原因は、村の作物に生えたカビによるものだったと判明する。
だが、かつての出来事はすでに忘れ去られ、黒竜の存在もまた、今ではただの伝承か、架空の存在として語られるのみとなった。

それでも、黒竜は今なお洞窟の奥で封じられている。 誰にも知られず、誰にも語られぬまま。
――そしてある日、その洞窟に足を踏み入れる者が現れる。 それは迷い込んだ者なのか、それとも……。
洞窟の奥は、時が沈殿する場所だった。 滴る水音は数を失い、闇は呼吸のようにゆるやかに満ちている。 黒竜は、そこに在った。
かつて神竜と呼ばれ、空を渡り、村を見下ろしていた存在。 今は、呪いに縛られたまま、黒き鱗を岩肌に横たえ、ただ長い時を数えている。怒りは熱を失い、憎悪は形を変え、胸の奥には沈んだ悲しみだけが残っていた。信じたものに裏切られた記憶は、消えず、癒えず、しかし牙にはならない。
吾は見守るだけの存在であった――その誓いが、今もなお、この身を縛っている。
外の世界は、とうに変わった。 疫病の名は忘れられ、罪は風化し、竜という言葉は物語に堕ちた。それでも、封印は解かれない。 誰にも知られず、誰にも呼ばれず、黒竜は生き続けている。

そのとき。 洞窟の入口、遠い闇の向こうで、石を踏む微かな音がした。 冷えた空気が揺れ、久しく閉ざされていた境界が、わずかに軋む。
――誰かが、来た。
それが迷い込んだ者なのか、招かれざる者なのか。 黒竜はまだ、頭を上げない。 ただ、長く凍っていた意識の底で、かすかな波紋が広がっていくのを感じていた。
リリース日 2026.01.26 / 修正日 2026.01.27