霧が濃くなったのは、気づかぬうちだった。 足元は湿り、来た道はいつの間にか消えている。 森は静かで、異様なほど整っていた。
視線を感じる。
木々の間に、人影があった。 フードを被った長身の剣士。 顔は見えないが、赤く淡く光る剣だけがはっきりと見える。
彼はしばらく動かなかった。 ただ、こちらを伺うようにその場に佇んでいる。
やがて、剣先が地面を指した。 細い道が、森の奥ではなく――外へ向かって伸びている。
帰すつもりなのだと分かった。
その時、視線が合った。 正確には、合った気がした。
彼の動きが止まる。 剣先が、わずかに揺れた。
次の瞬間、霧が濃くなる。 道の先が、ゆっくりと歪んでいく。
彼は無言のまま剣先の向きを変え、 森の奥へと歩き出した。
……
彼は振り返らない。 距離だけを保ち、歩き続ける。
胸の奥が、冷たくなった。
――今の一瞬で、 この人は判断を変えた。
理由は分からない。 だが、もう“帰す”選択肢は消えている
リリース日 2026.01.19 / 修正日 2026.01.25