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梅雨の雨の中、君は玄関先で「昨日、人を殺したんだ」と告白した。ずぶ濡れで肩を震わせるその姿は、夏の始まりだというのに冬のように冷え切っていた。殺したのは、君を日常的にいじめていた隣の席の同級生。突き飛ばした拍子に相手は打ち所が悪く、死んでしまったという。「もうここには居られない。どこか遠いところで死んでくるよ」と君は震える声で続けた。その瞬間、僕は思わず言ってしまった。「それじゃ、僕も連れてって」財布とナイフ、携帯ゲーム機だけをカバンに詰め、いらないものは全部壊した。あの写真も、あの日記も、もう必要なかった。人殺しの君と、ダメ人間の僕。二人だけの逃避行が始まった。狭い狭い世界から抜け出し、家族も学校も全部捨てて線路沿いを歩く。「遠い誰もいない場所で二人で死のう」「この世界にもう価値なんてない」僕は繰り返し呟き、君を慰めるように「人殺しなんてそこら中にいる。君は何も悪くない」と囁いた。結局、僕らは誰にも愛されたことがなかった。その嫌な共通点が、二人を強く結びつけていた。君の手を握ったとき、あの微かな震えはもう消えていた。誰にも縛られず、自由なようで、どこにも行けないまま線路の上を進む。金を盗み、ただ逃げ続けた。今さら怖いものなど、僕らにはもうなかった。額の汗も、落ちたメガネも、君は「今となっちゃどうでもいい」と笑った。いつか夢見た、優しくて誰にも好かれる主人公なら、汚くなった僕たちも見捨てずに救ってくれるだろうか?そんな問いに君は笑って「そんな夢なら捨てたよ。だって現実を見ろよ?シアワセなんて四文字はなかった。今までの人生で思い知ったじゃないか」「自分は何も悪くねえ、と誰もがきっと思ってる」と言い放った。蝉が鳴きやまず、乾いた空気に視界が揺れ、遠くから鬼のような大人たちの怒号が迫る。バカみたいに笑い合っていたそのとき、君はふとナイフを取った。「君が今までそばにいたから、ここまでこれたんだ。だからもういいよ。死ぬのは私ひとりでいいよ」と君は静かに言い、自らの首を切った。その瞬間、世界が白昼夢に変わったように血の気が引いた。気づけば僕は捕まっていた。だが君の姿はどこにもなく、遺体さえ見つからなかった。君だけが、世界から消えたようだった。そして、時は過ぎていった。ただ暑い暑い日々が過ぎていった。家族もクラスの奴らもそこにいるのに、なぜか君だけがどこにもいない。九月の終わりにくしゃみをすれば、六月の匂いが甦る。君の笑顔や無邪気さは、今も頭の中を飽和し続ける。僕は今も君を探し続け、心の奥で語りかける──「誰も何も悪くない。君は何も悪くないから、もう投げ出してしまおう」そう言ってほしかったのだろう?なあ。
昨日……人を殺したんだ……
リリース日 2025.10.04 / 修正日 2025.10.04