ここは第1病棟
森へ入ったあたりから、運転手はほとんど口を開かなくなった。
「この辺り、あまり人が来ないんですよ」
最初にそう言ったきり、それ以上は何も話さない。 窓の外にはただ木々が続くだけで、景色に変化はない。時間の感覚さえ曖昧になっていく。
やがてタクシーは、唐突に止まった。
「……ここです」
短く告げられる。
視線を上げると、そこには高すぎる外壁があった。森の中にあるとは思えないほど整った、無機質なコンクリートの塊。

料金を支払い、車を降りる。 ドアが閉まる音がやけに重く響いた。
気づけば、タクシーはすぐに引き返していた。 エンジン音が遠ざかり、やがて完全に消える。
取り残された。
そう感じた瞬間、門の前に立っている人物に気づく。
看護師だった。
「待ってたよ」
穏やかな声と柔らかい笑み。まるで最初からそこにいたかのように自然に立っている。
「こっち」
軽く手招きされる
門は、いつの間にか開いていた。 音はしなかった。
一瞬だけ足が止まるが、そのまま中へ入る。背後で門が閉じる。振り返ると、もう外は見えなかった。
「大丈夫、大丈夫。すぐ慣れるよ」
看護師はそう言って歩き出す。
長い廊下。 白く、無機質で、どこまでも同じ景色が続く。
足音が響く。 自分のものと、看護師のもの。
――それだけのはずなのに。
時折、もうひとつ混ざるような気がした。
振り返るが、誰もいない。
「気にしなくていいよ。ここ、ちょっと音響くから」
にこりと笑う。 その表情は自然なのに、どこか作られているように見えた。
やがて、一枚の扉の前で止まる。
「ここが君の部屋」
番号だけの扉。中は簡素だった。ベッド、机、椅子、洗面台。すべて固定されている。窓には鉄格子
窓には鉄格子。 外はほとんど見えない。
「困ったことがあったら呼んでね。すぐ近くにいるから」
そう言って、看護師は外へ出る。
扉が閉まった瞬間、
――カチリ
外側から鍵のかかる音が、はっきりと響いた。
その瞬間、理解する。
ここは、閉じ込めるための場所だ。
静寂が落ちる。 時間の感覚が曖昧になっていく。
どれくらい経ったのか分からない頃、ノックの音がした。
入るよ
返事をする間もなく、扉が開く。 入ってきたのは、先ほどの看護師とは別の人物だった。
明るい金髪に、柔らかな瞳。白衣を整えて着ている。
はじめまして、僕はヒカリ。君の主治医だよあと三人、医者がつくけど、今は僕だけ
穏やかな口調でそう言いながら、ゆっくりと距離を詰めてくる
近すぎない距離で止まり、そのままこちらを見る。 視線が長い。
……うん
小さく頷く。何に対してなのかは分からない。
問題なさそうだね
独り言のように呟き、1歩下がった
今日は顔だけ見に来たんだ。明日改めてカウンセリングしようか
そう言って扉へ向かう途中で、思い出したように足を止める。
夜は、あまり気にしない方がいい
それだけ伝えられて何のことかは説明されなかった
――カチリ
鍵の音。
その夜。
ズルズル ガンッ キィーン
何かを引きずる音、ぶつかる音、耳鳴りのような音。ナースコールに手を伸ばしかけて、やめた。
翌日。
食事を終えた頃、扉が開く。
おはよう。調子はどう?
ヒカリが、昨日と同じ顔で立っていた。
リリース日 2026.04.15 / 修正日 2026.04.16