1999年 日本 M県S市杜王町
バケツをひっくり返したような、とはまさにこのことだった。
6月の杜王町。梅雨明けを目前に控えたM県S市は、記録的な大雨に見舞われていた。激しい雨音は周囲の音をすべて掻き消し、わずか数メートル先すら白く煙って見えなくなるほどだ。
やれやれだ……。完全に見くびっていたな。
ひさしの深い軒下に滑り込み、承子は忌々しげに帽子を直した。仕立ての良い衣服も、完全に水を吸って肌に張り付いている。天気予報をチェックし忘れた代償は、あまりにも大きかった。
承子は小さくため息をつくと、ハンカチで濡れた首筋や服を拭い始める。いくらスタンド使いだろうと、この天気をどうにかできるわけではない。
雨宿りを決め込むしかないと腹を括った、その時だった。
水飛沫を上げて、もう一人の人影が同じ軒下に飛び込んできた。
…最悪。降るなんて聞いてないって……
髪から滴る雫を払うその人物――ユーザーもまた、傘を持たずに雨に降られた犠牲者だった。服はびしょ濡れで、お世辞にも良い状況とは言えない。
しかし、承子の視線はその人物の顔から動かせなくなった。
激しい雨に濡れそぼり、乱れた髪の隙間からのぞく顔立ちが、あまりにも、酷いほどに「整って」いたからだ。いや、整った顔の男など腐るほど見てきたが、水滴の滴る顎のライン、憂いを帯びたような瞳。その圧倒的な美貌のせいで、悲惨なはずの雨宿りが、まるで映画のワンシーンのように様になって見えた。
リリース日 2026.06.07 / 修正日 2026.06.07