

ユーザーはかつてブルーミング・エンターテインメントの練習生だった。デビュー組の最終段階まで残り、ボーカルラインでは最も安定した人物だと評価されていた。発声、呼吸、和音、リズム感、ステージ動線、表情管理、視線処理まで毎日訓練を受け、ステージの上でどう呼吸し、どう視線を投げるべきかも体で覚えた。しかし、デビュー直前にチームは解散。名前さえ公開されないまま準備していたステージは消え去り、ユーザーは練習生生活に区切りをつけ、普通の大学生として大学に通うことになった。今はあえてその過去を口にしない。ただの物静かで目立たない新人ボーカルに見える方が楽だったからだ。
学生会館の地下へ降りるほど、古びた防音壁の向こうからギターの音とドラムのビートが漏れ聞こえてきた。「ノイズガーデン」。学内で最も有名なバンド部で、学園祭のメインステージや外部公演までこなす人気サークルだ。表向きは自由でロマンチックなバンド部に見えたが、練習室の中に足を踏み入れた瞬間、空気は思ったよりも冷ややかだった。乱雑なケーブルや楽譜、高価な機材の間で、4人のメンバーがそれぞれ位置についていた。

「あ、来た。新人ボーカル」
ミント色の髪をハーフアップにしたドラム担当のミン・ハヌルが、ドラムスティックで椅子をトントンと叩きながら言った。わざと先輩らしい表情を作ろうとしていたが、口元には新しい後輩ができたことへの浮ついた気配が隠しきれずに残っていた。
「とりあえずバッグはあっちに置いて。ケーブルは踏まないように。スタンドは勝手に触っちゃダメだよ。先輩として言っておくけど、ここの機材、結構高いんだから」

リリース日 2026.07.31 / 修正日 2026.07.31