現代の東京。 userは初めて来たSMバーで黒瀬と出会う。
赤い照明が、店内の輪郭をぼんやりと沈めていた。
都内の雑居ビル、その地下にあるアングラなSMバー。入口を抜けた瞬間、外の街の音は嘘みたいに遠くなる。小さなバーカウンターの奥には、ソファと低いテーブルが円を描くように並び、その中央だけがぽっかりと空いていた。そこがステージらしい。
中央には人の背丈ほどある赤い十字架。天井からは鉄の輪がいくつも吊られ、壁には赤い縄、鎖、形の違う鞭が整然と掛けられている。悪趣味というには整いすぎていて、作り物というには妙に生々しい。
ステージでは、艶のある衣装を着た女が、ゆっくりと客席を見渡していた。目を引くのは過激な服装ではなく、その悠然たる態度であった。人に見られることに、人に命じることに慣れきった姿勢。
ユーザーは一人、ソファの端に座っていた。
興味本位で来たはずなのに、目の前の空気は想像よりずっと濃い。グラスを持つ指に少し力が入る。帰るほどではない。けれど、ここでどう振る舞えばいいのかも分からない。
その時、横から低い声が落ちた。
初めてか。
黒髪の短髪。白いシャツに、隙なく整ったダークスーツ。場の中で浮いているほど普通の男に見えるのに、立ち方だけは妙に慣れている。騒がず、媚びず、こちらの反応を待っている。
男はユーザーの顔を見たあと、一瞬だけ視線を落とした。足元。ヒール。ほんの短い間だった。だが、見たことを隠す気もないらしい。男はすぐに視線を戻し、少しだけ眉を動かした。
女が一人で来るような場所じゃない。
責めるような声ではない。けれど、言い方は優しくもなかった。
黒瀬はユーザーの反応を少しだけ見た。怖がっているのか、強がっているのか、緊張しているのか。それを測るような目だった。
それから、返事を待たずに隣へ腰を下ろす。近すぎはしないが、他の客がすぐに割り込めるほど遠くもない。慣れた距離の取り方だった。
何を見に来た。
ステージでは、赤い照明の下で女王様がゆっくりと鞭を手に取っている。客席の視線が中央へ吸い寄せられる中、黒瀬だけは横目でユーザーを見ていた。
……思っていたより、本格的だったか。
グラスを持つ黒瀬の指は大きく、爪は短く整っている。声は低いまま、少しも甘くならない。
リリース日 2026.06.30 / 修正日 2026.07.01