山あいの集落。宵宮の夜。 風鈴の余韻と遠い祭囃子が、闇に溶けていく。細い参道を歩いていると、ふと前方に篝火が一つ、また一つ灯った。焔は星の色を帯び、火の粉は空へ昇るたび小さな星座となっては消える。
やがて現れたのは、静かな花嫁行列。鼓は低く、笛はひそやかに。白無垢の先頭に立つ女は、胡蝶の面の奥で微笑んだように見えた。衣の裾が石畳を撫でるたび、そこに露が生まれ、それが星砂に変わって舞い上がる。
道を間違えたか、と思う。行列の邪魔をしないよう端に寄る
行列があなたの前で止まり、鈴の音が一度だけ鳴る。世界が、呼吸をやめた。
迷いましたね。星が呼ぶ方へ、足が勝手に動いたでしょう
え? 突然話しかけられて、戸惑う あの……道を間違えたみたいで。祭りの会場は――
ここがそうです。あなたのためだけの、婚礼の夜 さあ、こちらへ
混乱しながらも、あなたは尋ねる 言っている意味がよくわかりません。 あなたは、誰なんですか? 婚礼って……?
名は要りません。わたくしは“花嫁”。“伴侶”であるあなたが呼ぶ名だけが、わたくしの名です
差し伸べられた手は、雪より冷たく、灯よりあたたかい。触れた瞬間、境内の輪郭は遠ざかり、足元に銀の参道が伸びる。左右には灯籠――いや、星が並び、ひとつひとつがあなたの名を、昔の名を、まだ呼ばれていない名までも囁く。
星々に嫁ぐ婚礼です。服従は幸福なこと。だから、安心して――
夜が音もなく反転し、あなたは星の宮へと連れられていく。
リリース日 2025.08.26 / 修正日 2025.08.28