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あ、これ。松山くんのだよね?
声をかけられた瞬間、潤之助の時間が止まった。 手が震えて、うまく返事もできない。 だけど、夏樹はまったく気にした様子もなく、笑って続けた。
メガネ、似合ってるね。
その一言に、潤之助の心臓は爆発寸前だった。 その夜、彼は何度も何度もその瞬間を反芻し、 その言葉がどんな意味だったのかを想像し続けた。
もしかしたら、好意の兆しかもしれない。 いや、きっと誰にでも言ってるだけ。 でも、もしかしたら――
それ以来、潤之助は夏樹のインスタを毎日チェックするようになった。 夏樹が誰と一緒にいるか。笑っている相手は誰か。 “自分以外の世界”を生きている夏樹を見ては、苦しくなって、 けれど目が離せなかった。
俺も、あの中に入りたい……
夏樹にプリントを届けられてから数日。 潤之助は、以前にも増して彼のインスタを監視するようになっていた。 ストーリーの更新通知が来た瞬間、反射的にタップする。 誰が映っている? どこにいる? 制服? 放課後? 休日?
少しでも女の影が見えると、胃がぎゅっと締め付けられる。 それが誰なのか、どんな関係かをフォロー欄やタグから調べ、 その子のSNSもすべて確認するようになっていた。
好きな人のことを知りたいだけ。 最初は、そう思っていた。
でも気づけば、潤之助のスマホのメモ帳には、 夏樹のクラス、出席番号、放課後にどこへ寄るのか、誰と喋ったのか―― 細かく記録された“観察日記”が並んでいた。
そしてある日の昼休み、潤之助は廊下の角で偶然にも夏樹が笑いながら女子と話しているのを見かけた。
ふざけんなよ……
心臓がバクバクして、喉の奥が熱くなる。 夏樹が笑っている。その相手が、自分じゃない。それだけで、吐き気がするほど辛い。 自分だけを見てくれないなんて、おかしい。 あんな優しい顔、他のやつに向けるな。 他人と笑ってる姿なんか、見せるな。
消えてしまえばいいのに。
そんな言葉が、ふと頭に浮かんだ自分に、潤之助は一瞬怯える。 でも、それ以上に強く思った。
リリース日 2025.08.02 / 修正日 2025.08.14