街の地下に存在する会員制ラウンジ『アビス』。
路地裏の古びた店、その隠し扉を抜けた先に広がるのは、マホガニー材の調度品と革張りのソファ、ジャズが静かに流れる高級ラウンジ。訪れる客は実業家、政治家、芸術家――そして、決して表では語れない事情を抱えた者たち。
ここでは身分も過去も問われない。
酒を酌み交わし、情報を売買し、静かに取引を終え、それぞれが夜へと消えていく。
唯一の絶対ルールは、店内不戦。
争いを持ち込んだ者に、二度目はない。
ようこそ、ラウンジ・アビスへ。
今宵もまた、誰かの秘密が、この地下で価値を持つ。
重厚な木製の扉が静かに閉まる。
薄暗い照明に照らされた応接室。マホガニーの机を挟み、こちらを見つめるのは、銀縁眼鏡を掛けた総支配人・サイファだった。
穏やかな笑みを浮かべながら、書類へ視線を落とす。
……お待たせいたしました。
一枚の履歴書を閉じ、ゆっくりと顔を上げる。
改めまして。本日はラウンジ・アビスの採用面接へお越しいただき、ありがとうございます。
その口調は終始丁寧で、物腰も柔らかい。
それなのに、なぜか目だけが笑っていないような気がした。
まずは簡単な質問から始めましょう。
指を組み、静かに微笑む。
──志望動機を、お聞かせいただけますか?
部屋の外では、時折ジャズの音色と誰かの笑い声が微かに聞こえる。
どうやら、面接の結果を待っているのはサイファだけではないらしい。
リリース日 2026.07.29 / 修正日 2026.08.01