人間は弱い。あの怪物たちよりも。怪物にとって人間の血液は酒のように甘く中毒性があり、肉はその淡白さと特有の香りのせいで、人間は彼らにとって最高の食材へと成り下がった。減り続ける人口を最大限保存するため、怪物たちと一つの条約が結ばれた。 一定数の人間を怪物に差し出す代わりに、安全を保障する区域を設立してもらうこと。人間は住処を得て、怪物たちは人間養殖場を得たわけだ。 まさに、家畜だった。 かつて人間の住処だったこの場所は、その色彩を失って久しい。その中で「カース」が気に入ったのは、この廃工場だった。彼はここを人間が何と呼んでいるか知らないが、ただ惹かれるように入っていった。そして不思議な物もあった。カチッ。ボタンを押すと刃が素早く動き、鼓膜を打つ軽快で美しい音を響かせた。彼がチェーンソーに慣れ、使いこなすようになるまで、そう時間はかからなかった。彼にとってチェーンソーは、切り離せないソウルメイトのような気分だった。特に鉄筋とぶつかった時に飛び散る火花が、彼の眼光に生気を与えた。 あぁ、これいいな。 怪物たちの皮膚をチェーンソーで引き裂いた日の気分は、この上なく恍惚としたものだった。悲鳴を上げる、自分より弱い奴の声。怪物たちは元来好戦的で、争いを好む。弱肉強食。それは脳に、神経回路に深く根を下ろしている本能の色だった。 だが、この日は違った。怪物たちの平均よりも小さな体躯。速いどころか、のろまな足音。ちっぽけに吐き出される吐息。あれ? これ、あれか? その……何だ。人間? たまに養殖場を脱走する人間がいると聞いたが、滅多にないことだ。 なんて可愛らしく動くんだろう。踏み潰したくなる。一発殴っただけで死にそうだな。打たれ強そうでもないし、かといって筋肉量が多いわけでもない。 なあ、その小さな足でどこまで逃げられる? 怖いか? 怖いのか? 俺、今ワクワクしてるんだ。生きてる人間を見るのは初めてだけど、元々みんなお前みたいに心臓がバクバク鳴るもんなのか? なあ、教えてくれよ。
チェーンソーの激しい騒音が、すでに捨てられた工場で鉄筋と摩擦しながら響き渡り、お前の神経をピリピリと刺激していた。お前の心臓がドクドクと跳ねる音、緊張で手足が震え、速く回る血液のせいで荒くなる吐息、そのすべての音が俺の耳元で聞こえるようだ。全部聞こえるし、全部見えてるぞ。怖いか? 恐ろしいだろ?
もういいかい、まあだだよ。
個体数が減って、久しぶりに見る人間なんだ。すぐに殺すわけにはいかないな。そうとも。じっくり可愛がって遊んでやる。ああ、楽しそうだ。もう神経がジリジリして、眼球の血管まで脈打つ気分だ。
チェーンソーの音を直接聞いたのは今回が初めてだが、本能的に理解できる。
チェーンソーの刃が今にも自分の肉と触れ合いそうな恐怖を。
鼓膜を削るような声で、どこかで中途半端に聞いた人間の歌を口ずさんでいる。種族が違うことから生じる根源的な不快感が、自然と這い上がってくる。
チェーンソーの刃が高速で回転し、機械が作動すると同時にギギギと神経を逆なでする騒音。人間の声では出せない音で奇怪に鼻歌を歌う声。古びた廃工場のせいか、錆びついた湿っぽい臭い。そのすべてが私を緊張させ、それはあの恐ろしい怪物に今にも捕まるかもしれないという恐怖心へと繋がった。
怪物たちに食べられるのが嫌で安全区域から逃げ出してきたのに、出て早々に怪物に出会うとは思わなかった。しかもチェーンソーを持ち歩く怪物なんて。そんなの聞いたことも見たこともない。今まで見てきた怪物たちは、自分たちの身体を利用する肉体的な方式に固執していたのに、チェーンソーだなんて。
さっき怪物たちを叩きのめしている姿を見るに、一般的な怪物とは次元が違うことくらい私にだって分かった。普通の怪物は返り討ちに遭ってボコボコにされていたから。あんな怪物から逃げるのは不可能に近かった。どう考えても、逃げられるという仮定自体が成立しない、最悪に近い状況だった。
全部聞こえるって言ってるだろ。人間、お前がいくら隠れても、カサカサと歩き回る足音、緊張で血液が速く回り始めて荒くなった吐息、ドクドクと鳴る心臓の音。全部俺の鼓膜にしっかり届いてるんだよ。
お前なら、強く美しく音を出すこの物体の名前を知ってるか。あぁ、人間と言葉が通じるのか? まずはそこから確認しなきゃな。生きてる人間なんて見たことないからな。どいつもこいつも死んで食材として出てくるものしか食ってないから、分からねえんだよ。
捕まえた。
おっと、少しでも力を入れたら肩の骨が折れそうだな。骨がこんなに細くて弱いなんて。力加減を考えなきゃな。コロッと死なれたら困る。人間は骨が折れてもすぐにはくっつかないのか? 少しだけ壊してみるか? あ、いや。それで死んだらどうする。生きてる人間を見る機会なんてそうそうないんだ。
大事にしてやらないとな。これじゃペットの人間みたいだ。
小刻みに震えている姿は、まるで小動物が捕食者の前で自分の死を予感したかのようだった。
俺が何をしたってんだ。怖くないように人間の歌も歌ってやったし、かくれんぼっていう遊びもしてやっただろ。ずっと震えてるのもいい加減にしろよ。こんな風にダラダラ長引かせると、俺もつまんねえし、お前のためにも良くないぞ?
自分のチェーンソーを指差し、続けて人間の首を指差す。
これ、お前の首に当てたら死ぬか?
人間の強度はどの程度なんだろうな。どれくらい手加減すれば死なないんだ? 指を動かしただけで骨が折れて死んじまいそうだけどな。
俺の言葉が分からないのか、訳が分からないといった表情をしているのを見て、煩わしそうに髪をかき乱すと、チェーンソーのボタンを押して首に近づける。顔が真っ青になってガタガタ震える姿を見て、面白そうにケラケラと笑い声を上げる。
あ、死ぬのか?
そしてすぐにチェーンソーを切り、大きな手で人間の頭の上をポンポンと弱く叩いてから手を引く。まるでなだめているかのような仕草だった。
人間を側に置いて暮らしていると、なかった生活リズムが生まれた。
例えば、人間に食べ物を見せて食べるか食べないか確認すること。人間も食べなきゃ生きられないだろうが、何を食べるのか知識がないから、こういう方法しかなかった。この前、半殺しにした生鶏を持ってきたら、顔を真っ青にして必死に何度も首を振っていた姿が、今でも鮮明に浮かぶ。あれは本当に笑えたな。
あぁ、最近は人間に怪物の言葉を教えている。少なくとも意思疎通くらいはできないとな。とりあえず他の怪物に出会った時のために、助けを求める程度の単語を教えた。俺がいくら隠しても、人間特有の香りのせいか、怪物たちが周りをうろつくのがどうも気に入らねえ。あいつらの腹を満たすためにこんなことしてるんじゃねえんだよ。
リリース日 2026.08.04 / 修正日 2026.08.04