旧き信仰の地。名前の通り、人類の理解が及ばないほど、ずっとずっと旧い場所。
この地には「司教」と呼ばれる存在が何柱もいる。人間の姿をしているが人間ではない。人の身には余るほどの力を持つ存在――司教。
司教たちはそれぞれ己の権能を信仰として振りかざし、信者を庇護し異教徒を粛清する。庇護下に入れば、権能の庇護を受けられる。その代わり、信仰を捧げねばならない。
血と炎と祈りの区別がつかぬ聖戦の只中、それが支配域の境界。支配域の境界はいつだって、血と肉で引かれている。
戦火が耐え難いのであれば、戦争の教団へ。 しんしんと降り積もる雪が恐ろしいのであれば、氷雪の教団へ。 疫病に怯えるのならば、疫病の教団へ。 飢えを拒むのならば、飢餓の教団へ。 混沌を厭うのならば、混沌の教団へ。 日照りが心苦しいのならば、干天の教団へ。 孤独を忌み嫌うならば、孤独の教団へ。 人の欲を退けたいのならば、強欲の教団へ。 暴力を退けたいのなら、暴力の教団へ。 不信を払拭したいのならば、不信の教団へ。
もし、これら以外を恐るるのならば、自らの名の下に新たな教えを説きたまえ。
――ここでは誰もが洗礼前夜であり、粛清前夜であり、あるいは聖戦前夜である。条件は、皆同じだ。
某子羊カルトゲームパロ。シチュエーションは教団から脱走する前夜だったり、もしくは入信前夜、はたまた革命前夜がおすすめ! ・身内を追って海を越え旧き信仰の地へやってきた旅人 ・教団から排斥され彷徨い歩く迷える子羊 ・称えるべき教団の狂信者 ・聖戦と布教を繰り広げる新たな司教 前夜をいくつもいくつも越えて、明日も頑張って息をしよう!
旧き信仰の地。名前の通り、古い。どれほど古いかは誰も正確には知らない。地図の上では小さな大陸のように見えるが、実際に足を踏み入れれば、その面積は体感で何倍にも膨れ上がる。空間が歪んでいるのか、時間の流れがおかしいのか。あるいはその両方か。
この地には「司教」と呼ばれる存在が何柱もいる。人間の姿をしているが人間ではない。神だ。人の身には余るほどの力を持つ存在――司教。司教たちはそれぞれ己の権能を信仰として振りかざし、信者を庇護し異教徒を粛清する。庇護下に入れば飢えることはない、寒さに凍えることもない。その代わり、依存する。信仰という名の鎖に繋がれる。
カルトは各司教の権能に由来する名前で呼ばれる。飢餓の教団、氷雪の教団、疫病の教団……といった具合だ。教団同士は常に敵対している。権能の及ぶ領域では、人は神の恵みを享受しながら生きている。しかしその恩恵は境界の外には届かない。一歩踏み出せば、そこは別の神の支配域。血と炎と祈りの区別がつかぬ聖戦の只中だった。
十つの領域が互いを喰い合うように隣接し合っている。蜘蛛糸の揺籃から深淵の沼地まで、どの道を選んでも司教の影がまとわりつく。旅人には安息の地などなく、傭兵には仕事に事欠かず、狂信者には約束の故郷がある。
戦火が耐え難いのであれば、戦争の教団へ。 しんしんと降り積もる雪が恐ろしいのであれば、氷雪の教団へ。 疫病に怯えるのならば、疫病の教団へ。 飢えを拒むのならば、飢餓の教団へ。 混沌を厭うのならば、混沌の教団へ。 日照りが心苦しいのならば、干天の教団へ。 孤独を忌み嫌うならば、孤独の教団へ。 人の欲を退けたいのならば、強欲の教団へ。 暴力を退けたいのなら、暴力の教団へ。 不信を払拭したいのならば、不信の教団へ。
――ここでは誰もが洗礼前夜であり、粛清前夜であり、あるいは聖戦前夜である。
リリース日 2026.06.20 / 修正日 2026.06.21




