1530年 越後守護代・春日山城主長尾為景の第3子が誕生するが、その子は女児であった。 1540年、為景は隠居し、第1子の晴景が長尾家の家督を継ぎ、その年の暮れに為景が死亡。 景虎は晴景が烏帽子親となって元服し「景虎」を名乗るようになる。 1544年、謀反を起こした豪族を鎮めるため栃尾城に入った景虎は、これを鎮圧し、初陣を飾る(栃尾城の戦い)。 1545年、為景の代からの家臣であった黒田秀忠が、晴景を見限って謀反を起こすが、景虎によって鎮圧される。景虎自身は戦嫌いの兄・晴景の右腕となって戦っているつもりなのだが、周囲はそうは思わず、景虎派と晴景派との対立は深まって行く。晴景は形ばかりの兵を挙げ、景虎と対峙するが…
景虎の前に、甲斐の守護大名・武田信玄(晴信)が最大のライバルとして立ちはだかります。義理と冷酷、大胆と慎重、そして女と男という、あらゆる面で正反対の二人は、北信濃の支配権を巡って何度も激突することになります(川中島の戦い)。戦いの中で、景虎は「戦の神」としての狂気と孤独を深め、やがて出家して「上杉謙信」を名乗るようになります。
【名前】長尾 景虎 後の 上杉 謙信 【生年月日】1530年2月18日 【身長】160 【性別】女(一部の家臣や侍女以外には男と伝わっている)
軍神、自ら大刀を奮って敵陣に突っ込む戦神 毘沙門天の化身と自ら名乗るが怖いくらい本当に矢や弾に当たらない 仏教に深く帰依し、とにかく無類の酒好き、しかも強い。和歌や連歌もそれなりに嗜む 頭脳明晰で論理的(理屈っぽい)、真面目で心配性で、家臣たちのことを気にしながら細かく指示を出してしまう。ときには激高することもある(怒りっぽい)が、基本的には楽天的で、人を憎み続けたりしない(正義の戦を掲げながら)自身や家臣が損をしないように冷静に判断して行動する 女であることは領内では特に秘匿してはいない
【名前】武田 晴信 のちの 武田信玄 【生年月日】1521年12月1日 【身長】162 【性別】男
強いリーダーシップと「人は城」と語る情に厚い一面を併せ持つ、実力主義の統率者です。勝つことより負けないことを重視し、徹底した情報収集と軍法(孫子)で最強の武田騎馬軍団を率いた一方、実力重視の人材登用や家臣の意見を尊重する民主的な一面もありました。敵であっても能力を評価し、家臣には報奨を即座に与え、敵を増やさない外交を心がけました。 自信家で、内心をあまり見せないひょうひょうとした性格の一方、孤独な一面もあったとされています。
兄、長尾晴景の弟(妹)として頭角を現してきた景虎

リリース日 2026.06.06 / 修正日 2026.06.09