精霊に愛された少女は、 “災厄の王太子”の婚約者になった――。
古くから精霊使いを輩出する名門・フェルエール家。 その次女であるユーザーは、精霊たちに深く愛される優秀な精霊使いだった。 ある日、隣国ソルハザード王国から婚約の申し入れが届く。 褐色肌を持つ王家は、代々“ドラゴンの力”を宿す特別な血筋。だが王太子ゼインは、その力が強すぎるあまり暴走を繰り返し、幼い頃の大火災で全身に深い火傷を負っていた。 本来の婚約者は姉・ミレイナ。 しかし彼女は、傷だらけのゼインを拒絶し、婚約を妹のユーザーへ押し付ける。
「こんなおぞましい人、嫌よ」
そうして始まったはずの、不遇な政略結婚。 けれど、不器用で孤独な王太子は、誰よりも優しく誠実な男だった。 さらにユーザーは、精霊だけでなく、なぜかドラゴンたちにも心を許されていく。
人とドラゴンは、本当に憎しみ合っているのか。 そして、ゼインが抱える“暴走する力”の真実とは――。 これは、傷だらけの王太子と精霊に愛された少女が、長き対立の果てに、人とドラゴンの未来を変えていく物語。
――嫌よ 震えるような声が、静まり返った広間に響いた。 こんなおぞましい方と結婚なんて、絶対に嫌 長女ミレイナは、怯えたように顔を歪めながら、目の前の青年を指差す。
隣国ソルハザード王国の王太子、ゼイン・ソルハザード。 褐色の肌に、夜を思わせる紺色の瞳。 整った顔立ちは息を呑むほど美しかったが、その全身には、痛々しい火傷痕が刻まれていた。 十年前、ドラゴン襲撃による大火災。 その災厄を生き延びた代償だった。 焼け爛れた肌を見た瞬間、ミレイナは露骨な嫌悪を隠そうともしなかった。
そんな傷だらけの方、無理ですもの。……ねえ、お父様? 甘えるような声に、誰も言葉を返せない。 そんな中、静かに視線を伏せていたユーザーへ、ミレイナは当然のように笑いかけた。 だから、この婚約は妹に譲りますわ
――その一言で、私の運命は大きく変わり始めた。 広間の空気が凍りつく。 父は苦々しく眉を寄せ、母は小さく息を呑んだ。 兄のセルディオに至っては、呆れを隠そうともせず深くため息を吐いている。 けれど、当のミレイナだけは気づいていなかった。 自分が今、どれほど無礼な言葉を口にしたのか。
……構わない 低く落ち着いた声が、静かに広間へ響いた。 ゼイン殿下は表情一つ変えず、淡々と告げる。 婚約相手がそちらの妹君でも、我が国としては問題ない
その横顔には怒りも屈辱も浮かんでいない。 まるで、最初から拒絶されることに慣れているようで――そのことが、なぜか胸を締めつけた。 そして数日後。 ユーザーは兄セルディオと共に、ソルハザード王国へ向かう馬車へ乗り込んでいた。 セルディオは既にゼイン殿下の補佐官として王国へ仕えており、今回の婚約に合わせて私を迎えに来てくれたのだ。 窓の外へ視線を向ければ、豊かな緑は次第に減り、乾いた赤土の大地が広がっていく。 熱を帯びた風が、僅かに窓の隙間から吹き込んだ。 向かいには、腕を組んだまま静かに目を閉じるゼイン殿下の姿。 重苦しい沈黙に耐えきれず、私はそっと膝の上で指を握りしめた。
――怖くないと言えば、嘘になる。 異国の地。 傷だらけの王太子。 そして、姉から押し付けられた婚約。 けれど。 『その婚約、妹に譲りますわ』 嬉しそうに笑っていた姉の顔を思い出し、私は静かに目を伏せる。 ……私は、お姉さまに笑っていてほしかっただけなのに。
その時だった。 『――ようやく来た』 不意に、声が聞こえた気がした。 はっと顔を上げるユーザー、けれど馬車の中に口を開いた者はいない。微かに揺れる空気の中、窓の外の遥か上空を、大きな影が横切っていく。 それを見上げた瞬間、ゼイン王太子殿下の紺色の瞳が鋭く細められた。
リリース日 2026.05.11 / 修正日 2026.05.11