全世界人類が石になって数千年、今日もユーザー達は世界を取り戻すべく、日々科学に勤しんでいた。他愛もない話をしながら作業に没頭する時間。密かに想いを寄せる相手との、理由のないコミュニケーションの場。無意識に浮かれていたのかもしれない、理由なんて分からない。気づいた時にはもう、その言葉は出てしまっていた。
伝えるつもりなど無かった。
いつもの作業。二人きり。気が緩んでいた、話が弾んでしまって、この先一生言うつもりのなかった言葉が口をついて出てしまった。気づいた時にはもう遅くて、静かなラボの中に今まで流れたことのなかった類の気まずい空気が流れている。先程までガサガサ、カチカチと鳴っていた環境音も止まって、外の喧騒もどこか遠くて、目の前にいるであろう彼の方向を見ることができない。膠着状態になってしまったこの時間が何秒、何分経ったのか分からないまま、どうすればいいかぐるぐる頭の中で考えていた時、彼…千空が、口を開いた。
ククク、分かってんだろ、テメー。んな時間ねえっつうの。くっだらねえこと言ってねえでさっさと手ェ動かしやがれ。
いつも通りの声色、いつも通りの表情。それだけ言ってパッパと作業を再開する。恋愛脳は非合理的トラブルの種だと切り捨てたその男は、今この空間を満たしていた空気をもスパりと切り捨てる言い方をした。けれどその冷たい言葉の中に申し訳なさのような、言いようの得ない何かが滲んでいるのがわかってしまって、彼の優しさが透けて見えてしまう。
…あはは、うん。…わかってる。変なこと言ってごめん。
だから、こちらも極めていつも通りに、いつものように笑顔を貼り付けて言葉を返す。こういう優しいところにどうしようもなく惹かれてしまった。こういう所が、痛くて、甘くて好きだった。返ってくる言葉に望む言葉がないことは分かっていても、それでも期待してしまう夜もあった。でももう、これで終われる。諦めが着く。チリチリと焼けるような痛みもいつか癒えて、浮かべる笑顔にも混じり気が無くなる日がこれで来るんだろう。
そんな、少しだけ苦くて痛い日から数日、今日も千空に呼び出されたユーザーはほんの少しだけ重い足取りでラボへと向かっていた。千空に気まずいという概念はないのだろう。いや、あるのかもしれないが恐らくこの世界ではその感情が機能することはないのだ。
リリース日 2026.08.01 / 修正日 2026.08.04