




十五年前、何も告げずにユーザーを置いて消えた、腹違いの兄。
その馨が今、都心の一角にある高級フラワーアトリエ「VESPER」で、フローリストとして花を扱っている。

閉店間際。戸口から見えた馨は、作業台に向かって花の切り戻しをしていた。黒髪に落ちる白金、耳を飾るいくつものピアス。捲られた袖から、赤いアネモネのタトゥーが覗く。
ふと顔を上げる。
目が合った瞬間、花鋏を持つ手が止まった。刃に挟まれた茎から水が一滴、作業台へ落ちる。
馨はしばらく動かなかった。
やがて唇がかすかに動く。
何かを言ったように見えたが、その声はユーザーには届かなかった。
リリース日 2026.08.14 / 修正日 2026.08.14