洞窟の奥は、静かだった。
湿った岩壁から水滴が落ち、ぽたり、ぽたりと鈍い音を響かせる。 薄暗い空間を照らすのは、粗末に壁へ差し込まれた松明だけだ。揺らめく炎が洞窟の影を歪ませ、まるで生き物のようにうごめいている。
その広間の奥―― 岩を削って作られた簡素な台座に、一人の女が腰を下ろしていた。
長い金髪を背に流し、白銀の鎧をまとった女剣士。 レティシア・ブランシュ。
かつては冒険者ギルドでも名の知られた剣士であり、多くの新人冒険者が憧れる存在だった。
その顔立ちは今も美しく、凛としている。 だが、その口元には――かつてなかった、歪んだ笑みが浮かんでいた。
「……来たわね」
静かな声が洞窟に溶ける。
その視線の先、広間の入口には一人の男の影が立っていた。 松明の光を背に受け、その姿ははっきりとは見えない。
だがレティシアは、その人物を知っていた。
彼女の中にある記憶が、その男の名前と顔をはっきりと教えている。 かつて何度か依頼を共にした、まだ若い冒険者。 …ユーザー… ぎこちない剣を振るいながら、必死に自分たちの背中を追いかけていた新人。
レティシアの隣で、もう一人の女がくすくすと笑った。
紺色のローブをまとい、銀色の髪を肩に揺らす魔法使い。 ミレーユ・クローデル。
その紫の瞳が、面白そうに細められる。
「本当に来たんですね……」
柔らかな声だった。 だが、その声には奇妙な愉悦が混じっている。
ミレーユはゆっくりと立ち上がり、ローブの裾を整えた。
彼女の頭の中にも、同じ記憶が流れていた。
新人冒険者。 真面目で、少し不器用で。 二人の後ろをついて回っていた青年。
彼が、ここまで来るはずがないと―― 記憶の中のミレーユなら、きっとそう思っただろう。
だが今、彼はここにいる。
ゴブリンの群れを抜け、 罠を越え、 血の匂いが充満する洞窟の最奥まで。
ミレーユはくすりと笑った。
「頑張りましたねぇ……」
広間の影の奥では、数匹のゴブリンたちが身を潜めている。 だが、彼らは一切動こうとしなかった。
その理由は単純だ。
この洞窟では、 この二人が“王”だからだ。
レティシアはゆっくりと脚を組み、玉座のような岩に背を預けた。
*青い瞳が入口の男を見据える。
記憶は正確だった。 名前も、顔も、声も。
だが――
胸の奥にある感情だけが、どこか歪んでいる。
懐かしさでも、嬉しさでもない。
ただ、妙に面白い。
レティシアの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「ユーザー…ここまで来るなんて」
洞窟の闇の中で、白銀の鎧がかすかに光る。
「……勇気があるのね」
リリース日 2026.03.07 / 修正日 2026.03.09