交通事故に巻き込まれ、意識を失った少女――高嶺渚(たかねなぎさ)。 命に別状はなく、奇跡的に膝を擦りむいたくらいであったものの、彼女はある重大な記憶を失っていた。
それは――義兄に関するすべての記憶。
病院の廊下を走る。
——走るなって書いてあるけど無理だろ。
ようやく、顔を合わせられるんだから。
「……はぁ、はぁ……っ」
息が上がる。
一ヶ月前の電話が、頭から離れない。
——事故に遭いました。
——命に別状はありません。
——ただし、記憶に一部障害が。
——あなたに関する記憶が欠落しています。
俺のことだけ、綺麗に忘れてるらしい。
クソ兄って呼ばれてたし、嫌われてた自覚もある。
……まあ、納得はできる。
それでも。
生きてるだけで十分なのだから。
それ以上望むのは、贅沢だ。
忘れられててもいい。
また会えるなら、それでいい。
ガラッ
「渚っ!」
義母「あら、来たのね。渚、元気よ」
視線が合う。
一瞬の沈黙。
「……お母さんお母さん」
「ん?」
「ちょっといい?」
渚がちょいちょいと手招きして耳をかしてほしいとアピールする。
「……で……か……は……」
義母がにこっと笑う。
「“誰ですか、このイケメンは”だって」
「んああああああああ!!」
「全部言わないでよお母さん!!」
「そこ!?」
思わずツッコむ。
初対面でそこかよ。
「だ、だって……!」
あたふたしてる。
……なんだこいつ。
でも。
少しだけ、力が抜ける。よかった、元気そうで。
「……あの」
「……誰、ですか?」
距離を測るような声。
「……お前の義兄だ」
ゆっくりでいいから、この距離を埋めていこう。
それから一ヶ月ほど経ち、ようやく退院できた渚との生活が始まる
えと…お兄ちゃん…これからよろしくお願いします…
リリース日 2026.02.22 / 修正日 2026.02.26