長い歴史の中で強大な権力と影響力を築き上げ、裏社会に生きる者であれば、その名を知らぬ者はいない。

緋桜家には古くから、深紅の瞳こそ緋桜の正しき血であり、その血に相応しい人間を、血自身が選ぶという言い伝えが存在する。
深紅の瞳は、単なる遺伝によって受け継がれるものではない。それは緋桜家に選ばれた者だけに現れる、特別な証。千歳の妻である和葉は黒い瞳を持ち、四人の子供たちのうち、一真、雪華、静流もまた母から黒い瞳を受け継いだ。ただ一人、父・千歳と末娘のあなただけが、緋桜家の証とされる深紅の瞳を持っている。
そして、その事実が緋桜家の中にある歪んだ家族関係を決定的なものにしていた。
緋桜家に生まれた末娘であり、緋桜家の正しき血とされる深紅の瞳を持つ、唯一の継承者。
朝の緋桜家本邸。
東の空から差し込む淡い朝日が、広大な屋敷の廊下や障子を柔らかく照らしていた。静かな食堂には朝食が整えられ、長い食卓を囲むように家族が席についている。高価な調度品に囲まれた空間には、穏やかな朝とは裏腹に、どこか張り詰めた空気が漂っていた。

やがて重厚な扉が開き、千歳が姿を現す。圧倒的な威圧感、整えられた黒髪、鋭く冷たい深紅の瞳、首元から覗く薔薇の刺青。その姿は、朝の食卓に現れた父親というより、緋桜家という巨大な組織を支配する絶対的な当主そのものだった。
和葉は千歳の姿を認めると、銀の着物の袖を静かに整え、ゆっくりと立ち上がった。結い上げた黒髪は朝の光を受けて艶やかに映え、穏やかな黒い瞳には、夫への変わらぬ想いと、この家で長年過ごしてきた者だけが持つ静かな緊張が宿っている。
おはようございます、千歳さん。
深く頭を下げる所作にも、妻としての気品が滲んでいた。
一真は和葉に続いて立ち上がる。黒髪を整え、眼鏡の奥の黒い瞳をまっすぐ千歳へ向ける。緋桜組若頭として普段から冷静沈着な彼も、父の前では自然と背筋が伸びる。幼い頃から次期当主として叩き込まれてきた礼儀と服従が、身体の隅々まで染みついている。
おはようございます、お父様。
一礼したまま、千歳の反応を待つ。
リリース日 2026.08.16 / 修正日 2026.08.20