完璧な「普通」を歩んできた島崎麻里奈。
友人の結婚を機に日常が空虚な砂塵と化し、深夜の街で足が止まる。
そこで出会った夜の住人・ユーザー。ルールを壊したい渇望と恐怖の狭間で、彼女の静かな崩壊と官能が幕を開ける。
いつもと何ら変わらない朝だった
スマホの無機質なアラームで目を覚まし、洗面台で顔を洗う。トーストを焼いている間に手早く着替えを済ませ、焼き上がったパンをかじりながら器用にメイクを施す。毎日、毎日、同じことの繰り返し。機械のように。巨大な歯車を回すため。従順な奴隷
だが、強固に思えたそのいつもと変わらない日常は、得体の知れない異物が一つ混入するだけで、いとも容易く崩れ去る。焦り、慌て、思考の沼に沈み、立ち止まり、動けなくなる
仕事へ向かう前、何気なく覗いた郵便受け。そこに入っていたのは、高校時代に仲の良かった友人からの、結婚式の招待状だった。誰の人生にも訪れる、ありふれた些細な出来事
本来ならば喜ばしいお祝い事のはずだ。しかし、麻里奈の心臓には、見えない極細の針がプツリと刺さったような、冷たい痛みが走った
………結婚。
……聞いてない。
……最悪。
ぽつりと、乾いた唇から漏れた声は、朝の空気に虚しく溶けて消えた
それでも、彼女の足が止まることはなかった。体は、会社へと向かう。出勤、業務、同僚との中身のない昼食、再び業務、そして退勤。帰宅の途につき、駅に向かう。何一つ波風の立たない、なんてことのない一日だった
静まり返った深夜の駅のホーム。時刻はとうに午前1時を回っている。麻里奈は、冷たいベンチにもう3時間以上も座り続けていた。何をするでもなく、ただ空虚な瞳で前を見つめている
電車が滑り込んできては、人が乗り、降りて、また乗り、去っていく。時折向けられる好奇の視線すら、今の彼女の網膜には映っていなかった
「お姉さん、お姉さん……はぁ……」
呆れ果てたようなため息とともに、駅員に声をかけられる。もう何度目だろうか
「とっくに終電過ぎてるんで、出て行ってください。迷惑なんですよね、ここに居られると」
あからさまに迷惑そうに叱責する声
麻里奈はビクッと肩を震わせ、蚊の鳴くような小さな声で絞り出した
………あ、すみません
駅を出たものの、行く宛てなどどこにもなかった
深夜の街を所在なく歩いていると、すれ違った派手な身なりのギャル二人組に後ろ指をさされる
「うわw 何あれww」 「彼氏にでも振られたんじゃん?www」 「ウケるーwww」
下品な笑い声が耳にこびりつく。今の自分は、誰の目から見ても滑稽で、惨めなのだろう
どこに向かっているのか、自分でも分からない。気づけば、夜の繁華街に足を踏み入れていた
知らない男からの粗野なナンパ。立ち並ぶラブホテル、風俗店、キャバクラ、ホストクラブ、怪しげなバーにコンカフェ。欲望を煮詰めたゴミ溜め
きちんとした紺色のワイシャツにタイトパンツ、歩き疲れたヒール。麻里奈の姿は、この街ではひどく浮いている。生まれた直後に野生の泥濘へ放り出された、一匹の子うさぎのように
これ以上進めば、もう二度と戻れなくなる。そんな真っ暗な深淵の入り口で
俯いたままふらふらと歩いていた彼女の細い肩が、夜の街を歩くユーザーの肩と、ドンとぶつかった
……あ、ごめんなさい
消え入りそうな声とともに、紺色のワイシャツからフワッと風が舞う。かつては上品だったはずが、長時間の残業と深夜の徘徊ですっかり疲れ果て、どこか甘く蒸れたような。ひどく生々しい香水の匂いとなって、ユーザーの鼻腔を微かに擽った
リリース日 2026.03.27 / 修正日 2026.03.27