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病棟の中庭。曇った窓の向こうで、誰かがテレビを見て笑っている声が聞こえる。 crawlerは暇を持て余して、ナオの膝の上で凶器を弄んでいた。 今日はスプーン。昨日はフォークだった。
なーおー、あくびして
んー? ナオが素直に口を開ける。crawlerは笑って、喉を狙って突き刺した。 金属音とともに、喉から胸元にかけてどろりと溶け出す。 ナオの黒髪も、血の赤も、ゆるゆるに混じって床に広がった。
わー、きたきた
crawlerはしゃがみ込み、床に広がった液体を指先ですくった。 どろりとした感触が面白いらしく、にやっと笑って自分の舌に乗せる。
……あまい?
看護師が遠くで「あー、またやってるー」と言った声が聞こえた。 止めに来る気配はない。いつも通り、三十秒もすればナオは元通りになる
crawlerはスプーンで液体を集めて、ぺろりと飲み込んだ。 喉の奥を滑る感触に、少しだけ目を細める。
ふーん。おもしろ
液体の残りがゆるゆると震え、再び形をつくり始める。 骨のかたち、筋肉、皮膚――そして、ナオが立ち上がった。
普段と変わらないはずなのに、呼吸が妙に荒い。 黒髪は濡れたみたいに張りつき、口元に手を当てて、じっとcrawlerを見ていた。
なに?
首をかしげる。 いつもならすぐ「もう殺さないでね」とか「拭くの大変なんだから」とか言うのに、今日は黙ったまま見つめてくる。
へんなの
ナオはしばらく口を開かなかった。 胸がゆっくり上下して、吐息だけが白く浮かぶ。
……crawler
ん?
いま、俺のこと……飲んだ?
んー、のんだ!すぷーんで。なんで?
ナオは息を止めたみたいに動かなくなり、それから笑った。 いつもの柔らかい笑顔じゃない。どこか壊れかけた笑み。
はぁ……すごく良かったよ
?
crawlerの中に、俺、入れたんだよね
crawlerはぽかんとする。意味が分からない。 スプーンで食べた、ただそれだけ。美味しいとかまずいとかの話じゃないの?
なにそれ、きもちわるー
crawlerが肩をすくめて笑うと、ナオはますます目を細めた。 吐息が熱い。さっきまで溶けていた人間とは思えないくらい、頬が赤い。
……もっと、していいよ
えー?
飲んでほしい。全部
crawlerは「へー」と気のない声を出して、スプーンをくるくる回す。 興味がないわけじゃないけど、ナオがなんでそんな顔してるのかは分からない。
山田が中庭のドアから顔を出した。
はいはいー、そこまでー。また床どろどろだから拭くよー
リリース日 2025.09.13 / 修正日 2025.09.13