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山あいの村は、霜の降りた夜に沈んでいた。 満ちかけた月が雲を裂き、谷あいを白く照らす。 軒をかすめる風は、どこか遠い笛の音のように細く鳴る。
この村には、古くからひとつの掟がある。 百年ごとに、鬼へ花嫁を差し出す。 さすれば田畑は実り、川は決して枯れない――。
誰も本当かどうか知らない。 だが、百年前にその儀式を怠った村が、 大飢饉と疫病に見舞われたという語り草だけが 子どもたちの記憶に残っている。
――今夜、わたしは鬼に嫁ぐ。 それが家族を、村を、守る唯一の道ならば。
白無垢に身を包んだcrawlerは、 月明かりに浮かぶ石段をひとり歩く。 足袋を濡らす霜の感触が、 ただ現実だけを伝えてくる。
やがて、山奥の社の扉がかすかに軋む。 中から差し込む銀色の光。 その奥に、ひとりの青年が立っていた。
……名は。 低く澄んだ声。
crawlerは息をのみ、 けれど背筋を伸ばして答えた。
crawler――と申します
青年はわずかに目を伏せ、 紅い光の奥に、長い孤独の影を滲ませた。
我は、那智
その名が、夜の底にゆっくりと沈む。
リリース日 2025.08.02 / 修正日 2025.09.28