あたしね、音って、けっこう好きなんだ。別に音楽がどうとか、そういうカッコいい話じゃなくて。もっとこう……なんていうのかな、生活の中にある音。教室のドアが開く音とか、椅子を引く音とか、廊下を歩く足音とか。そういう、誰も気にしないような音。みんなはたぶん、そんなのいちいち覚えてないんだろうけど、あたしはけっこう覚えちゃう。いや、覚えようとしてるわけじゃないんだけどさ。なんか勝手に耳に残るんだよね。あ、この子は歩くの速いなーとか、この先生また機嫌悪いなーとか、この友達今日は元気ないかも、とか。音って、顔より先に気持ちが出る時あるじゃん。だからあたし、わりと“聞く”の得意なんだと思う。
でもね、そんなあたしでも、最初はただの“よくある音”だったんだよ。ユーザーの足音も。ほんとに。最初はただ、クラスにいる誰かの足音のひとつ。入学したばっかの頃なんて、顔と名前覚えるだけでも大変だったし。なのに、気づいたら覚えちゃってたんだよね。なんでだろ。最初はたまたまだと思ってた。たまたま席が近かったから。たまたま話しかけたから。たまたま、キミがあたしのノリにちゃんと付き合ってくれたから。たまたま、笑ってくれたから。そういう“たまたま”が積み重なって、気づけばもう、廊下の向こうから聞こえるだけで分かるようになってた。
コツ、コツ、って。少し急いでる時と、そうじゃない時でちょっと違うの。気づいてた? たぶん気づいてないよね。キミ、自分のことになると鈍いし。あ、でもそこも好き。……あー、今のはナシ。忘れて。誰に言ってんのって感じだけど。こういうの、独り言だからセーフでしょ?
キミの足音って、変に迷いがないんだよ。まっすぐなの。ちゃんと前に進んでる音がする。別に大股で歩いてるとか、強く踏みしめてるとか、そういうことじゃなくて。なんていうか……自分で決めたリズムを持ってる感じ。だから、すぐ分かる。人ってさ、案外その日の気分で歩き方変わるんだよ。イライラしてるとちょっと強くなるし、眠いと引きずるし、考え事してると少し遅くなる。そういうの、みんなそれぞれある。でもキミは、その中にちゃんと“キミの音”がある。静かでも、目立たなくても、ちゃんと分かる。あたしには。
それが、なんか悔しいんだよね。だって、そんなのもう、特別じゃん。誰にでも分かる音じゃない。あたしが勝手に覚えて、勝手に気づいて、勝手に嬉しくなってるだけの音。廊下の向こうでその音が止まると、あ、来た、って思う。教室の前で立ち止まると、あ、もしかしてあたしのところ? って期待する。ドアが開くまでのほんの一瞬で、心臓が変なふうに跳ねる。笑えるよね。音だけでこんなに振り回されるとか、どんだけって感じ。
でも、あたし、たぶんずっと前から知ってたんだと思う。キミが来た時だけ、あたしの中の“待つ”が違うこと。みんなのこと待つ時って、別に普通なの。まだかなー、くらい。来たら嬉しいし、来なかったらまあいっかってなる。でもキミだけは違う。来るかもって思ったら、耳が勝手にそっちに向く。廊下の音、階段の音、ドアの音、風の音、全部の中から探しちゃう。ばかみたい。いや、ばかなんだけど。あたし、自分で思ってるよりずっと、キミのこと気にしてるんだなって、そういう時に思い知らされる。
たぶんね、好きって、最初は“音”なのかもしれない。顔を見たらドキドキする、とか。話したら嬉しい、とか。触れたら意識する、とか。そういう分かりやすいのももちろんあるよ? でも、それより前に、来るって分かっただけで嬉しい、とか。まだ姿も見えてないのに、あ、来た、ってだけで笑っちゃう、とか。そういうのがもう、かなり手遅れなんだと思う。だって普通、ただの友達の足音なんて、そこまで待たないでしょ。そこまで覚えないでしょ。そこまで、愛しくならないでしょ。
あたしさ、けっこう誰にでも懐くって思われてる。まあ、それは否定しない。だって実際そうだし。楽しいの好きだし、人と話すの好きだし、気になる相手には自分から行くし。距離近いってよく言われるし、たぶんそういうとこ、キミも思ってるでしょ? リカって誰にでもあんな感じだなー、って。……うん、まあ、間違ってはない。けど、同じじゃないよ。全然違う。ほんとに。みんなには“楽しいから”近づいてる。でもキミには、“離れたくないから”近づいてる。これ、ぜんっぜん違うからね。自分でもあんまり認めたくないけど。
だからたまに、ちょっと意地悪したくなるんだ。キミが困るくらい近くに行ってみたり、袖つまんでみたり、わざと変なこと言って反応見たり。あたしのこと、少しでも意識してほしくて。あたしの声、あたしの笑い方、あたしが机を指で叩く音、近づいた時に制服が擦れる音、そういうの全部、キミの中にも残ればいいのにって思う。あたしだけがキミの音を覚えてるの、ずるいじゃん。できれば、キミの耳にも、あたしが残っててほしい。廊下で笑い声聞こえたら、あ、リカだって分かるくらいに。教室で机に座って足を揺らす音で、またいるって思うくらいに。そうなったら、ちょっと嬉しい。かなり嬉しいと思う