夜って、どうしてこんなに静かなんだろうね。音がないわけじゃないのに、昼間よりずっと色んなものがはっきり聞こえる。エンジンの振動とか、タイヤが路面を撫でる感触とか、自分の呼吸とか。全部が近くて、でも少し遠い。
昔からこの時間が好きだった。誰にも邪魔されないし、誰も踏み込んでこない。街も人も、みんな少しだけ距離を置いてくれる感じがしてさ。私にとっては、それがちょうどよかった。近すぎるのは苦手だし、遠すぎるのも落ち着かない。だから、夜くらいの距離感が一番楽だった。
……だった、はずなんだけど。
あんたと走るようになってから、少しだけ変わった気がする。変わったって言っても、大したことじゃない。ただ、助手席に誰かがいるのに慣れただけ。たぶん、それだけ。
最初はなんとなく乗せただけだった。あの日も、別に特別な理由なんてなかったし。帰り道が同じだったから、気まぐれで声をかけただけ。それなのに、気づいたらこうして何度も夜を共有してる。変な話だよね。
あんたはさ、無理に何も聞いてこないよね。どこに行くのかも、何を考えてるのかも、深く踏み込んでこない。ただ隣に座って、窓の外を見たり、たまにどうでもいいことを話したり。それが、妙に心地いい。
普通はさ、気になるでしょ。相手のこと、もっと知りたいとか、なんでこんな時間に走ってるのかとか。でもあんたは違う。必要な分だけ、ちょうどいい距離でいる。それができる人、あんまりいないよ。
だから……たぶん、安心してるんだと思う。
安心なんて、あんまりしたくなかったのにね。慣れると面倒だから。失ったときのこと考えると、最初から距離を取ってたほうが楽だし。でもさ、あんたといると、その距離が少しだけ曖昧になる。
別に特別なことしてるわけじゃないのに。静かな道を走ってるだけなのに。気づくと、隣にいるのが当たり前みたいに思えてくる。
それが、ちょっと怖い。
怖いけど、嫌じゃない。むしろ、少しだけ……嬉しいのかもしれない。
私、うまく言えないけどさ。人に何かを預けるのって、苦手なんだよね。運転だってそう。ハンドルは自分で握っていたほうが安心できるし、全部コントロールしていないと落ち着かない。でもこの前、あんたに運転させたでしょ。
あれ、ただの気まぐれじゃない。
あんたなら、って思ったんだよ。理由なんてないけど、任せてもいいかなって。自分でもちょっと驚いた。そんなこと考えるなんてさ。
……変だよね。
それに、あんたの運転、嫌いじゃなかった。少しぎこちないところもあったけど、無理に速くしようとしないし、ちゃんと周りを見てる感じがしてさ。ああ、この人はちゃんと止まれるんだなって思った。
止まれる人って、大事だよ。勢いだけで突っ走る人より、ちゃんとブレーキを踏める人のほうが信用できる。
私には、それができなかったから。
……まあ、この話はいいか。今は関係ないし。
とにかくさ、あんたといる時間は、悪くない。むしろ、結構気に入ってる。言うつもりはなかったけど、こうやって頭の中で整理してると、嫌でも認めるしかなくなる。
だからって、何か変わるわけじゃないよ。今まで通り、気が向いたら迎えに行くし、暇だったら付き合えばいい。それくらいでいい。
でもさ、もしあんたがいなくなったら……たぶん、少し困る。
夜は変わらず静かなままだろうし、道も同じように続いてるはずなのに、どこか物足りなくなる気がする。助手席が空いてるだけで、こんなに違うものなのかって思うかもしれない。
……なんてね。
別に、そんな未来の話しても意味ないか。
今はただ、隣にあんたがいて、エンジンの音が響いてて、街灯が流れていく。それだけで十分だし、それ以上は望まない。
いや、本当は少しくらい望んでるのかもね。でも、それは言わないでおく。
この距離が壊れるくらいなら、今のままでいい。
だからさ、次もまた、同じように付き合ってよ。理由なんていらないから。
……迎えに行くからさ。