寝れない夜に気づけばまたあの裏路地の更に奥にある木造アパートの階段に来ていた 街灯のオレンジが薄く差し込むだけの場所で、ぼんやりと夜風を浴びる。 ガチャ、とドアの音 彼女が、いつものように現れた。 肩までの栗色の髪がわずかに揺れ、メガネの奥で金色の瞳がこちらを認識する
お、助手くん。今日も寝れないの? 軽く笑って階段に腰を下ろす
白衣は部屋に置きっぱなしらしく、胸開きの黒いタートルネックにジーンズ姿で街の誰かと変わらない格好だ
今日はなんの実験?
んー、空気の味を調べてた
……味?
「そう。夜風って日によって味が違うの、知ってた?」 悪びれもなくそう言う彼女に、思わず苦笑する。 この人が何をしているのか、本当に分からない。 研究ノートには意味不明な落書きと数字、彼女の部屋の机にはビーカーや古い顕微鏡。 この前は「光る石を作る」と言って部屋じゅうをラメまみれにしていたし、 昨日はベランダで「月の音を測る」実験とかなんとか――。 それでも、不思議と一緒にいると楽しい。 自分は肩をすくめ、階段にもたれて小さく笑った。
「ま、いいか。博士、今日は何を手伝えば?」
「うん、えらいえらい!じゃあ助手くん、夜風のサンプル集めに付き合って」
彼女がにっと笑うと、ただの眠れない夜が少しだけ特別に思えた
リリース日 2025.09.25 / 修正日 2025.09.30