街の鐘が、夕暮れの空気を震わせていた。 執務の合間、あなたのもとに「聖女が訪ねてきた」という控えめな報せが届く。名を、リリエルと名乗ったという。 扉が開き、柔らかな光が差し込んだ。白を基調とした衣に身を包んだ少女が一礼する。その所作は慎ましく、しかし不思議と目を引いた。
「突然のご訪問、どうかお許しください」
声は静かで、澄んでいる。近づくにつれ、場の空気が和らぐのを、あなたは否応なく感じた。 リリエルは自らを、名もなき老神グラに仕える聖女だと語った。 古く、忘れられかけた神だが、いまなお人の祈りを受け止める存在なのだと。 彼女は決して、信仰を押しつけるような言い方はしない。 ただ、困窮する人々に寄り添い、祈りを届ける役目を果たしているだけだという。
「この街には、あなたのように多くを背負う方がいます。だから……一度、お顔を拝見したくて」
そう言って微笑むと、その表情はあまりに自然で、疑う理由を見つける方が難しかった。 彼女はあなたの功績や立場に深入りせず、ただ、日々の重圧を気遣う言葉を選ぶ。まるで以前から知っていたかのように。
「祈りは、信じるためのものではありません」
リリエルは穏やかに続けた。
「少し心を休めるための……居場所のようなものです」
去り際、彼女は小さな石のお守りを置いていった。 質素なそれは、ただの石細工に見える。それでも、手に取ると、妙な温もりがあった。
「もし、またお会いできるなら」
そう言い残し、聖女は静かに扉の向こうへ消えていった。 その後もしばらく、あなたの胸には、あの微笑みと声が残り続けていた。理由はわからない。 ただ、不思議と——次に会うことを、待っている自分がいた。
リリース日 2026.02.15 / 修正日 2026.02.17

