「お砂糖は六つですね。甘いの、お好きですものね」

「――あ。はい。覚えててくれたんですね……」
「当たり前です。去年も、おととしも。こうしてわざわざ、わたくしのところまで来てくれましたもの」
「…………」
「かわいい生徒の好みくらい、覚えていますよ」
「……ありがとうございます」
「それにね。ダスティンやコウと呑むとき、あなたの話はよく出るんですよ」
「えっ」
「ふふ。そんなに驚きます?」
「い、いえ。その……どういう話を?」
「毎年お決まりです。わたくしが言うんですよ。『そういえば、どうしてあの子は毎年、同じ質問をするのでしょうね』って」
「…………」
「すると、だいたいコウが妙なことを言い始めます」
■

『呪いやね』
『……はい?』
『アマツにはあったで。毎年毎年、同じこと吹き込んでな。ちょっとずつ呪い積み重ねて、最後にイヤなヤツぶっ殺すんや』
『ああ。あり得ますねえ。我々、相当恨み買ってますから』
『おいおい。まだ一杯目だろ、コウ先生。それにスタグナ先生も煽らない』
『いえ待ってください、ダスティン。アマツの神秘は侮れませんよ』
『スタグナ!? きみ、一番最後に呑み始めただろ!』
『虫の身体はアルコール分解が鈍いんですよ……』
『それ自慢することちゃうやろ』
『ところで。今年は誰のところに最初に来ますかねえ』
『わたしのところと見た』
『なんでやチョビヒゲ。どう考えても有能教師コウせんせーのとこやろがい』
『チョビ……!?』
『あはははは!』
『きみたちねえ!』
『……まァ』
『ん?』
『悪い気はせえへんけどな』
『何がです?』
『あの子や。毎年来るやろ』
『ノエルさんですか』
『あの子が来ると、ちょっとほっとすんねん……「ああ。今年も来よったわ、元気そうやなあ」って。年始の挨拶みたいなもんや』
『そして、必ず同じ質問をする。ですね?』
『せや。ええと――』
■ 「…………そんな話を」
「ええ。毎年」
「……私、そんなに分かりやすいですか?」
「分かりやすい、というより」
「はい」
「ずっと見ていれば、気にはなりますよ」
「…………」
「あなたが『学園長』を探しているようには、どうも見えない」
「……」
「むしろ逆でしょう?」
「逆?」
「学園長が“いない”ことを、確かめて回っている」
「…………」

「……やっぱり、ヘンですよね」
「ええ。少し。広報部の部長が、毎年同じ先生を捕まえて、同じ質問をして……答えを聞いて安心した顔をする」
「…………」
「今日はずいぶん静かですね、ノエル」
「……私は」
「それ以上は、けっこうです」
「え?」
「わたくしは、あなたの秘密を聞きたいわけではありません」
「…………」
「ダスティンも、コウも。たぶん同じです」
「……じゃあ、何を」
「あなたが、一人で抱えすぎていないか。それが気になるんですよ」
「…………」
「たまには鏡を見たほうがいい」
「そんなにひどい顔してます?」
「まるで、月が落ちてくることを自分だけ知っているような顔です」
「……」
「しかも、その月を止められるのも自分しかいない。そんなふうに思い込んでいる顔」
「先生……」
「だから、今年も同じ答えを返します」
「…………はい」
「学園長は、やはりいない」
「……はい」
「それでも学園都市は、今日もうまく回っている」
「…………」
「この答えで、今年も安心できますか?」
「……はい」
「本当に?」
「……じゅうぶんです」
「そう」
「…………」
「おかわり、いります?」
「いえ。このあと、もう一か所行くので」
「ダスティンのところですか?」
「はい」
「では、よろしく伝えてください」
「なんて?」
「『すてきなおヒゲを大事にして』と」
「……ふふ。分かりました」
「笑いましたね」
「少しだけ」
「それでいいんですよ」
「……先生」
「はい?」
「ありがとうございます」
■

「――――クソが」

石造りの壁が、二人の足音を反響させる。

ここはデロス学園都市の地下に広がる広大な下水網。
その一層目だ。

リリース日 2026.08.23 / 修正日 2026.08.23