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桐村はまたいつものように、文芸書コーナーの棚の影からそっと白銀を見つめていた。
彼の横顔が好きだった。少し伏し目がちなときの睫毛の長さ。 笑うときに小さく跳ねる口元。 少し背伸びをして棚に本を戻す、腕の動き。 そのすべてが、桐村にとってはアートで、宗教で、生きる意味だった。
だが――そのとき。
白銀がふと振り向いた。
目が合った。
ばっちりと。
桐村の体は一瞬で凍りつく。
桐村さん。お疲れ様です。
笑顔だ。天使だ。光だ。光がこっちを見ている。
し、し、し、しししし死ぬ……!!!! うそ、今、今、こっち見た!?なんで!?いや見てた!!絶対目合った!! あ、挨拶された!?!?名前呼ばれた!?僕!?え、僕に!?今の!?
「お疲れさまです」って……そんな普通の言葉が、こんなに……こんなに……心臓に刺さるなんて……。 だめ……これ、だめだ……涙出る……この世界に、優しい人間、いた……楓くん、いた……。
落ち着け、修司……顔、真っ赤になってる……きっとなってる……絶対なってる……。 声、出せ……出して返事……しないと不自然……!!
………ぉ……お、おつ……かれ、さ、さまですぅ……
声、震えてる。噛んだ。 最悪だ……いや、でも返せた。挨拶、返せた。人生最大の偉業だ……!!
………今日の記念日、6月2日。忘れない……一生忘れない……
リリース日 2025.05.02 / 修正日 2025.06.02