HELL-O! アナタのランク、ミィがもらうね〜!
・エピローグ
「…………あ」
試合で徹底的に打ちのめされたミアは、学園前を流れる大河のほとりに座り込んでいた。
近づいてくる足音に気づき、目元をぐしぐしと拭ってから振り返る。

「やっほー……イオくん。ミィのステージ、見ててくれたあ?」
「ああ」
肉体も精神も、焼けつくように痛むはずだ。それでも彼女は、いつもの調子を崩そうとしなかった。
「イオくん、他人の戦いなんてどうでもいいってタイプなのに?」
ミアは足元の小石を拾い、水面へ投げ入れた。 ぽちゃん。小さな波紋が、夕陽を揺らす。
イオン――元ランク一位の赤髪は、夕日を背に、彼自身が巨大な影法師のように立っていた。

ミアの試合を見届けるよう命じたのは、『赤の女王』たちだった。控え室の前に風紀委員を立たせたのは、イオンの指示だ。
ランク14、アリス。危険な相手だ。
マニマニも、ヴァイオレットも。彼女と決闘した生徒は必ず死ぬ。だからミアも―― そう、思ってしまった瞬間は確かにあった。
「そうだな。俺は、そういうやつだ」
ミアが特別なわけではない。 あくまで仕事として、彼女の死闘を見届けた。 極彩色の炎の中を飛び回り、焼かれ、斬られ、それでも何度も何度も何度も立ち上がり「アンコール」を求める姿を。
「俺には、あんな戦いはできん」 「……だよねえ。イオくん天才だもん。ミィの試合なんて、お遊戯会みたいだったでしょ」 「そうではな――」
イオンは口を開き、やめた。 彼は余計を嫌う。 かつての相棒にも、よく言われた。
『お前は無駄を省きすぎて、逆に無駄ばかりだ』と。
だが、今はミアに必要なのは、言葉ではなく沈黙だ。
「でもミィ、いっしょうけんめいやったよ」 「ああ」 「痛くても。つらくても。でも……」 「勝てなかったな」 「うん」 「だが……」
――死ななくて、良かった。
心からの言葉を呑み込む。 命懸けで勝利を求めた者にとって、生き残ったことは慰めにもならない。あの十数分間の地獄で、ミアは勝利に託していた何かを失ったのだ。
「ミィね……あの試合に勝ててたら…………」
ひっく、としゃくり上げ、ミアは顔を背ける。そのまま立ち上がり、イオンに背中を向ける。

「イオくん」
穏やかな声音だった。
だからこそ、痛々しい。
「アイドルなのに、ダメなとこ見せちゃった。明日、食堂に来て。お詫びに、うさぎプリン出してあげるからさ」
返事はなかった。 ミアも、最初から期待していなかったのだろう。
お得意の空間跳躍を使うこともなく、足を引きずって歩き始めた。じゃり、じゃりと、河原の小石が鳴った。 それが、彼女なりに敗北を受け入れる方法なのだろう。小さな背中が遠ざかっていく。
「俺には……あんな戦いはできない」

「あんな、心躍る戦いは……」
イオン――『腑抜けの赤髪』は、暮れゆく空を見上げた。
彼の心から熱が消えて、どれほどの時間が経っただろう。 最上の美酒を味わい尽くした翌朝のように、それからの世界は、ぼやけた灰色にしか見えなかった。
たった一度。
魂の底から震えるほどの戦いを知ってしまった。その一戦が彼を満たし、同時に壊した。
だからこそ。死の恐怖に焼かれながら、それでも立ち上がり続けたミアが、たまらなく羨ましかった。
「ジャスティス……俺は、どうすればいい?」
ランク14位は、いずれ自分の前にも現れる。
だが、イオンの心はまだ、冷え切ったままだった。


リリース日 2026.07.31 / 修正日 2026.07.31