かくして物語の幕は閉じる。
・エピローグ(アリス選択時のネタバレ注意)
「はあっ……はあっ……はあッ!」
アリスが地を蹴る。 イオンが焼いた闘技場の地面を、アリスの極彩色が更に焼き尽くす。

. 瞳孔は縦に裂け、口元からは牙がこぼれる。そこに、かつて怯えながら教室の隅に座っていた少女の面影はない。
「お前を倒して!」
アリスが跳んだ。 天空に舞い上がった異形の身体が、くるくると高速回転する。燃える星だ。
「一位になって!」
振り下ろされた爪の先端は、すでに音速を突破している。衝撃波が観客席をつんざき、砕けた石材が宙を舞う。
イオンは、カタナを構えたまま動かない。
「私を見下した連中を、全員見返して!」
爪と刃が激突する。 甲高い金属音。
イオンのカタナが、宙高く弾き飛ばされた。
「証明するッ!」
アリスの全身に開いた無数の眼球が、一斉に赤髪の青年を捉える。
「私の人生は――何ひとつ、間違ってない!」
武器を失ったイオンを見て、アリスは牙を剥いた。 勝った。
ようやく、ここまで来た。
たくさん傷ついた。 たくさん殺した。 もう戻れないところまで進んだ。
勝つんだ。
早く。
「そうだ! 私が獲る!」
砕けた闘技場も、燃え盛る炎も、彼女の周囲だけを避ける。王者だけの時間だ。疾駆するアリスを誰も止められない。 それを前に、イオンは静かに第二の武器を取り出した。

. サメの歯のように並んだ鋸刃。 乾いた血のこびりついた機関部。 アリスが殺した少女――ヴァイオレットの武器だった。
「へあ?」
間抜けな声が漏れた。アリスの笑みが消える。
「それは――」 「ヴァイオレットが、『よろしく』と」
イオンは手裏剣中央の柄を握った。 刃が咆哮を上げる。
ザムッ。
一瞬だった。 異形と成り果てたアリスの右腕が、肩口から切断された。

「が――」
アリスは、自分の腕が飛んでいくのを見た。
数瞬遅れて、痛みが追いつく。
「ぎ、ああああああああああッ!」
地面に崩れ、打ち上げられた魚のようにのた打ち回った。 血と涙と唾液と、とにかくあらゆる液体で顔を汚し、残った手で傷口を押さえることすらできない。
「いだいよぉお……」
喉が引きつる。
「いだい、いだい……いだいいい……!」
頂点を決める世紀の戦いの最中だった。 何万人もの観客が見ていた。
それでもアリスは、悲鳴を止められなかった。
イオンが手裏剣を地面へ投げ捨てる。
その重い音に、アリスの裂けた瞳孔が大きく開いた。 それは武器を置く音ではない。判決のガベルだった。
「終わりだ」
「ぢ、ぢがうッ!」
アリスが残った腕で地面を掻く。 立とうとする――が、自分の血で手足が滑る。
何度起き上がろうとしても、膝が折れた。
「まだ……終わっでないよお!」 「終わりだ」 「アリスは、まだやれる!」 「剣は握れない。魔力も制御できていない」 「でぎ、る!」
アリスの背中から炎が噴き出す。 だが炎は形を保てず、地面をむなしく舐めるだけだ。
「できるんだ! 見ろ! まだ、こんなに――」 「もう戦えない」
「やだああああああッ!」
終わってしまう。
あんなに傷ついたのに。
あんなに傷つけたのに。
ヴァイオレットも。 名前も知らない生徒たちも。 逃げ出した自分自身さえも。
全部を踏み潰して、ここまで来たのに。 目の前の男が「終わりだ」と言っただけで、何もかも無意味になってしまう。 アリスは頑張った。
誰よりも頑張った。 それなのに、どうして。
「……そうだ」
アリスの動きが止まる。
視線が、イオンをすり抜ける。
観客席でもない。 実況席でもない。

「いるんでじょお」
「おまえぇ、ずーっどアリスを動かしてだあ」
血に濡れた手が、宙をかく。
「ずっと一緒だったじゃんがあ!」
「アリスが怖かったときも、おまえが「歩く」って言ったら歩いてやったじゃああん!」
「敵が強ぐでも、おまえが戦わせだろお!?」
声が裏返る。
「だったら、また動かぜよおお!」
アリスは泣きながら笑った。
「何言ってるんだ?」「出血で意識が……」
返事はない。 代わりに聞こえてくるのは、客席のどよめきだった。
「一緒に……ここまで来たじゃん……」
声が急速に萎んでいく。
「アリズを置いていぐなよおぉ……」
イオンが目を伏せた。
「見るに耐えん」
直後、闘技場全体に明るい声が響き渡った。
『はい、試合しゅうりょー! おしまい! 勝者、イオン選手! 救護班のみなさーん、ヤバめだから急いでお願いねー!』
実況のパルシーだった。
スタジアムは半壊している。 観客席には巨大な亀裂が走り、極彩色の炎が各所で噴き上がっていた。
もはや試合の体など、どこにも残っていない。それでも、彼女が終了を宣言した。だから、終わりなのだ。
「やだ……」
アリスは腹を庇うように丸くなった。半透明の少女ルーサンと、ナース姿のベロニカが担架を抱えて近づいてくる。
あれに乗せられたら。
大勢の前で担架に載せられ、子供のように運ばれてしまったら、全部が解けてしまう。
私は最強。
私は選ばれた。
私は間違っていない。
何度も何度も、自分にかけ続けた魔法が。
「来るな……」
救護班の足音が近づく。
「来るな……アリスに触るな……」
ルーサンが悲しそうに眉を下げた。
「大丈夫。もう戦わなくていいんですよ」
その言葉に、アリスの顔が歪んだ。
「違う」
その体が、大きく脈打った。
「私は……」
骨が軋む。
皮膚の下で、何か巨大なものが身じろぎする。
「まだ――」


ぽん。ぽぽん。
闘技場から花火が上がる。それは、ランク1位を決める一戦の始まりを告げるものだった。
リリース日 2026.07.31 / 修正日 2026.07.31