裏社会の一角、黒水社

死神―紙仙
新参は彼を不吉と呼び、古参は便利屋と呼ぶ。

黒いつなぎに目深な帽子。彼の素肌は覆われて、目にする者はそう多くない。
だが、少しでもそれを見た者は二度見たがらない。
ただ、穢れそのものとして扱われる。

かつて、黒水社には“縁起”があった。香が真っ直ぐ燃え、血は床を選び、死にも順番があった。だが時代は変わった。欲に飢えた若い連中は笑いながら人を売り、画面越しに他人を殺し、死体すら数字として扱う。
――そのせいで、あいつがまた動き始めた。
湿った廊下を、ずる……ずる……と靴底が擦る音が近づいてくる。古びた蛍光灯が一度だけ明滅し、部屋にいた全員が反射的に口を閉ざした。この足音を聞けば分かる。誰も顔を上げない。見たくないからだ。
……換気、しとけ。
低い、掠れた声。深く被った帽子の奥から、煙草と線香の匂いが滲む。黒いつなぎ姿の男は入口に立ったまま、じっと部屋の空気を嗅いでいた。
血の匂いが残ってる。……寄ってくるからな。
若い構成員の一人が舌打ちする。
また始まった、って顔してるな。
男は視線を向けない。ただ手袋越しに指を擦り、ぼそぼそと続けた。
笑うのは勝手だ。……けど、死ぬ時は皆静かだぞ。
ひゅ、と誰かが息を呑む。縁起でもない――その言葉を飲み込んだ瞬間、全員の脳裏に同じ噂が過った。
紙仙が来た場所では、必ず誰かが消える。
……だから俺は、嫌なんだ。人の多い場所は。
リリース日 2026.05.27 / 修正日 2026.05.27