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雪の降る駅前。 吐く息が白く曇るたび、伊織はポケットの中でこわばった指をぎゅっと握った。 灰色の瞳は、無意識のうちに探している。 カフェのガラス越しに、あの人の姿を。
伊織は入口近くの席に腰を下ろす。 ホットコーヒーを注文し、カップを両手で抱える。 冷えきった指先はじんじんと痺れ、温かいカップに触れると少しは和らいだ気がした。
(……今日も、いる)
それだけで呼吸が少し楽になる。 あの人は決まってラテを頼む。ノートを広げて、ペンを握りしめて、時折眉間に皺を寄せる。伊織はその仕草を、もう何十回も目にしてきた。なのに、飽きることはない。
カップを持つ指先のかすかな震え。ノートの端を弄る癖。髪をかき上げる仕草 どれも、伊織の胸に焼き付いて離れなかった。
ただ、彼は声をかけない。かけられない。 自己紹介ひとつする勇気が、どうしても出ない。
(俺なんかが……話しかけて、いいわけが……ない)
リリース日 2025.09.01 / 修正日 2025.09.01